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2007年10月

パリ大洪水(PARIS 2010)

パニック映画だと思ったら大間違い。
1910年の大洪水が2010年に再来したらどうなるか、というシュミレーション映画だ。

「ツイスター」や「ボルケーノ」といった自然災害パニック映画を期待したが、まったく趣きが異なっていた。SFXを使ったシーンもあるにはあるが、ほとんど実写である。洪水により電気・水道・交通などの都市インフラが機能しなくなる時、市長をはじめとする危機対策委員会がどう判断し、何に遭遇したかを証言を交えて提示する、といったスタイルで進行する。

ハラハラ・ドキドキ感はあまりないわけだが、こうした自然災害発生映画を通して都市のインフラに対する問題点を現政府/現行政にダイレクトに指摘しているのだろう。

ゴアの「不都合な真実」も映画や書籍を政治的に利用したものだが、この映画でもそうした側面があるのは否めなく、従って、娯楽映画とはまったく違うものになっている(DVDのパッケージは思いっきり娯楽だが)。このような映画が商業ベースに乗るのか、制作コストを回収できるのかどうかはわからないが映画には娯楽以外に社会的/政治的役割もあるのだということを認識させてくれる。

洪水から逃げ惑う市民が地下道に入り込む。「レ・ミゼラブル」のジャン・バルジャンを思い出した。


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善き人のためのソナタ

ストーリーはともかく、映像がとても美しい映画だ。解像度の高いカメラを使って撮影されたのだろうか。画像の濁りがなく、隅々まで美しく、ドイツのやや弱い(暗い)陽光で撮影された美しい映画である。

監督はまだ30代前半で、これがデビュー作だという。これといった原作が無いのに国家が抱える苦悩をテーマにこれだけ落ち着いたタッチで描けるといのは驚異的だ。
フロリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマルク。覚えておかなければならない監督だ。
撮影はハーゲン・ボグダンスキ。これとったメジャー作品はまだ撮っていないようだ。
東西冷戦下の東ドイツの芸術家ってけっこういい暮らしをしていたことが家具調度、パーティの様子などからわかる。また、ナチスの時代だったらもっと陰惨で緊迫していたであろうこの国が、民主化を直前にし、どこか牧歌的で平穏な空気に包まれていたこともうかがわれる。
ソナタがイマイチな曲であることや、ヴィースラーが劇作家のドライマンを救う気になった動機というのがちょっと弱いような気がしたが、美しいドイツ映画を見せてもらったことでとても満ち足りた気持ちになった。

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スキャナー・ダークリー

フィリップ・K・ディックの「暗黒のスキャナー」が原作。

フィリップ・K・ディックって映画界では神聖な扱いを受けていると思っていた。

「ブレードランナー」「トータル・リコール」「マイノリティ・リポート」。どれもメガヒットした映画だし、それを見込んで多額の制作費を使って作られた映画だ。ディックが原作である以上、失敗してはならないし原作を貶めてもならない。原作が良いインスピレーションを監督や役者に与えるので良い映画ができるのだし、原作の先進性にやっと時代が追いついたり、映像化が不可と言われた原作が、最近の映像技術によって可能になり、観る人を原作に駆り立てたりするのではないだろうか。

で、このスキャナー・ダークリーですが、デジタルペインティングはいけませんね。ディックの幻覚的世界を表現したつもでしょうが、これはいただけません。こうするぐらいならアニメでやってください。どうして実写にしなかったのでしょう。というかですね、原作に忠実に映画化すればいいというものではないわけでしょう?キアヌ・リーブスを実写で見たかったという気も確かにありますが、映画としてこれほど退屈でなんの仕掛けがないのはまずいんじゃないでしょうか。いや、映画として凝った仕掛けがあるのですよと言われるかもしれませんが、デジタルペインティングでは、役者の表情や陰影がわからないわけだし、身振り手振りの細かさなんかも省略されてしまうわけでしょう?

というわけで全部見る事ができなかった。

ディックの原作ということで期待したけど残念でした。

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サンシャイン2057

地球を救うために宇宙に旅たつ映画といえば「アルマゲドン」があるが、どうもハリウッド映画というのは「人類のためなら人は宇宙に出て死んでも良い」と考えているらしい。
ハリウッド映画の文法は「勧善懲悪」が基本で、どんな艱難辛苦があろうが正義の味方は最後に勝つ。
だが、それは地上での話であって、宇宙空間ではたとえ日本人(真田広之)であろうとも、地球を守る人間は救われないようだ。

という通奏曲が流れる以上、この映画は徹頭徹尾暗い映画である。死にかけている太陽以外、明るいものは何もなく、宇宙船「イカロス」の乗組員がいかに地球や仲間を守るために死んでいったかをきちんと描いている。

カメラはスローな動きが多く、その影響で宇宙空間の静かさを醸し出している。テンポとしてはキューブリックの「2001年宇宙の旅」並みである(そういえばこの映画でも宇宙船がしゃべるなあ)。スピーディな展開ももちろんあるが、全体的にゆっくりめで理解に苦しむシーンやストーリーの飛躍もないため観やすい映画に仕上がっている。

「イカロス」って太陽に近づきすぎて死んだってギリシャ神話にあったなあ。そのまんまだなあ。


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インサイド・マン

銀行強盗はアメリカ映画の古くからのテーマであり、スパイク・リーが撮ったということで観てみた。

銀行強盗ものなので、楽に観ていることができる。というのも、最後に犯人が捕まり、動機や経緯が明かされると高がくくれるからである。

ジュディ・フォスターが準主役級で出ている、人質に犯人と同じ服装にさせる、などまあまま娯楽性の高いB級映画だなあ、と思って観ていたが、えっ、これで終わるの??とあっけにとられる終わり方をする。

完全犯罪が成立させることがメインテーマではないだろうし、ナチスに魂を売って大もうけした男が自分の過去が暴かれないように犯人を雇ったようなニュアンスを所々にちりあばめているのだが、銀行強盗をした意図や誰が何のためにやったのか、といったことをさっぱり説明せずに終わってしまうのだ。謎解きは観客に任せるという意図なのだろうか。

私は、この映画のような、客を最後にけむに巻く映画がきらいではない。見終わってから議論もできるし原作にあたる機会も作ってくれるからだ。

しかし、この映画が作られた目的は強盗の動機や意図とはかけ離れたところにあるのではないか。スパイク・リーは絶対にほくそ笑んでいる。ジュディ・フォスターがゲスト的に出演することで真面目な映画だと体裁を繕っているが、これは絶対におふざけ映画だ。監督も脚本家も役者も演出家も、映画作りが楽しければ強盗の意図などどうでもよいではないか、と言いたいのではないだろうか。

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