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クローバーフィールド (2008年アメリカ)

あれはGOZILLAであろう。しかしタコのような足があるなあ。いずれにせよ正体も全容も明らかにされず、この巨大生物がどうなったのか、どこから生まれてきたのかもまったく明らかにされない。奇をてらった宣伝活動、奇をてらった映画作り。結構おもしろいし、映画関係者に与えたインパクトは大きいものがあると思う。がしかし、映画というものにはもっと説明責任が必要ではないか。怪獣が突然ニューヨークに現れるのは映画だから許されるのだろうか。事態をハンディカメラで撮り続け、撮る人が不在になるとそこで映画が終わってもいいのだろうか。全ての映画には「事件」があり、その事件に至る経緯や結末を表現するのが制作者の責任ではないかと思う。唐突に宣伝活動が始まり、唐突に怪獣が現れ、唐突にカメラが壊れて映画が終わる。これでは文明や科学に対する警告にもならないし医学の進歩への畏怖もない。科学進歩のための参考にもならないし、監督の未来観や人生観・世界観の発露にもなっていない。起こった事態は大変なことだろうが、ただ大変なだけではないか。だからこそ、今人類は何をすべきか、どう生きるべきか、といったテーマが何もないというのは、許されることなのだろうか?このような映画が評価され、ヒットしてしまうと「起承転結」の「起」だけで終始するような映画が量産されはしないのだろうか?もっとまじめに映画は作られるべきなのではないだろうか。

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