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2008年10月

ブレイブ ワン (2007年アメリカ)

「タクシードライバー」の30年後、という意見があるが当時13歳だったジュディ・フォスターが主役。

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アイ・アム・レジェンド (2007年アメリカ)

廃墟と化したニューヨークがこの映画の見所だ。その廃墟の中で人間(ウィル・スミス)が犬と共に住む。人間以外はゾンビ。廃墟となった都会の孤独。自分が住んでいる街が廃墟になっている映画をニューヨーカーはどんな気持ちで観るのだろうか?

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クローバーフィールド (2008年アメリカ)

あれはGOZILLAであろう。しかしタコのような足があるなあ。いずれにせよ正体も全容も明らかにされず、この巨大生物がどうなったのか、どこから生まれてきたのかもまったく明らかにされない。奇をてらった宣伝活動、奇をてらった映画作り。結構おもしろいし、映画関係者に与えたインパクトは大きいものがあると思う。がしかし、映画というものにはもっと説明責任が必要ではないか。怪獣が突然ニューヨークに現れるのは映画だから許されるのだろうか。事態をハンディカメラで撮り続け、撮る人が不在になるとそこで映画が終わってもいいのだろうか。全ての映画には「事件」があり、その事件に至る経緯や結末を表現するのが制作者の責任ではないかと思う。唐突に宣伝活動が始まり、唐突に怪獣が現れ、唐突にカメラが壊れて映画が終わる。これでは文明や科学に対する警告にもならないし医学の進歩への畏怖もない。科学進歩のための参考にもならないし、監督の未来観や人生観・世界観の発露にもなっていない。起こった事態は大変なことだろうが、ただ大変なだけではないか。だからこそ、今人類は何をすべきか、どう生きるべきか、といったテーマが何もないというのは、許されることなのだろうか?このような映画が評価され、ヒットしてしまうと「起承転結」の「起」だけで終始するような映画が量産されはしないのだろうか?もっとまじめに映画は作られるべきなのではないだろうか。

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紀元前1万年 (2008年アメリカ)

ローランド・エメリッヒ監督(Gozilla、インデペンスデイ、デイアフタートゥモロー。どれもCGを駆使した、各ジャンルで先駆的な映画だ)が撮ったヒューマンムービー。CGやVFXを駆使した最近のSF映画やパニック映画は、大量の人間が食われたり襲われたり海に沈められたり絶滅させられたりと、映像の迫力とは人間が悲惨な結果になることだとする風潮があるが、この映画は、紀元前1万年前の人間がこれほど理性的で慈愛に満ちた存在だったのだろうか、と思わせるほどだ。子供も楽しめる教育的な映画を目指したのかもしれないが、CG映画ファンとしてはマンモスの挙動のリアルさやピラミッド建設現場の緻密さなどを安心して楽しむことができる。ピラミッド建設など、世界の7不思議の建立をテーマにしたCG映画がもっと作られてもいいのかもしれない。

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NEXT-ネクスト- (2007,アメリカ)

原作フィリップ・K・ディック。未来を予知できるという点でスピルバーグの「マイノリティ・リポート」とテーマと原作者が同じ。ディック原作の映画はマイノリティ・リポートもブレードランナーもトータルリコールも、どれも予算をたっぷりつぎ込んだ作品が多いが(スキャナー・ダークリーはよくわからないけど)、CGやVFXを駆使しているわけでもないこの映画は、低予算にもかかわらず、破綻や飛躍がない映画として評価されていい作品だと思う。相変わらずニコラス・ゲイジは柔なヒーローを演じているし、テロリストの一味がニコラス・ゲイジを追い回す理由もはっきりわからないのだが、2分後を予測できる能力を持つ凡人が国家の存続に関わることになるという原作をいささかの誇張もなく、それでいてハリウッド的なハラハラドキドキもので見せてくれる。未来に起こるであろうことが映像で示され、実はそれは実際には起こっていなかったのだと最後に明かされるのだけれど、起こりうるかもしれない事態を見せられ、それを観ている人がそれなりに楽しめたのなら、最後がどんなオチであっても良いのではないかと思う。

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